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投稿記事Posted: 2015年8月15日(土) 18:39 
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管理人

登録日時: 2014年7月25日(金) 11:06
記事: 72
…ということを、このところの「戦後70年ブーム」からは感じる。

きょう、2015年8月15日の朝日新聞朝刊一面。論説主幹の大野博人氏が、きのうの首相談話(安倍談話)を批判する中で、こんなことを書いている。

引用:
日本を「亡国」のふちに追いやったのはその旧体制の方だ。談話にあるように「三百万余の同胞」を犠牲にしながら「一億玉砕」を叫ぶ。そんな体制は東京裁判があろうとなかろうと葬られるしかなかった。


大野氏は、「旧体制」とやらが、三百万余の同胞を犠牲にしながら一億玉砕を叫び、日本を亡国のふちに追いやった、と考えているようである。そしてさらに、その「旧体制」とやらは、すでに葬られている、と考えているようである。
「旧体制」とは、いったい何か。 もちろん単純に解釈すれば明治憲法下の体制ということだろうけど、そうした単に制度上のことを指しているとは文脈上、考えにくい。おそらくは、「軍国主義」だったり、あるいは戦争末期をイメージしているようだから、「狂気の軍部」だったり、「主戦派」だったり、「徹底抗戦派」だったり、といったところなのだろう。そしてそれはすでに葬られていて、我々とは無縁の存在である、と、大野氏は思っているに違いない。

さて、三百万余の同胞を犠牲にしながら一億玉砕を叫び、日本を亡国のふちに追いやった、「旧体制」の正体とは何か。
そもそも論でいえば、昭和16年12月8日の開戦(対米英蘭蒋戦争)、さらにそこにいたるまでの過程にさかのぼるが、戦争犠牲者の多くは昭和20年の戦争末期に出ていること、「一億玉砕」のフレーズは本土決戦準備に生まれたと思われること、日本が亡国のふちに追いやられたのは特定すれば昭和20年に入って本格化した空襲、そして沖縄戦、さらに8月の原爆投下とソ連参戦として、昭和20年の1月1日から8月15日までの間に限定したうえで、その時期の日本を動かしていたもの、支配していたものが何かを考えてみよう。

以下、資料をろくに見ずに、ざっくりと書くから失礼。
昭和20年初頭の日本、「天王山」だったフィリピン戦で敗れ、軍や政府首脳の一部には、「戦争のリミットはあと半年」との危機的な予測があり、和平(降伏)に向けた裏面工作が本格化した。日本軍は多くの戦力を喪失しており、このあと米軍が向かうであろう沖縄、そこでの戦いについて、軍中枢にはいっとき、「沖縄戦不可」の考えも浮上した。練成が間に合わない、というのが、その理由だった。がしかし、結局のところ、沖縄戦は全軍を挙げて行われ、多くの犠牲が出た。
おそらく昭和20年初頭、沖縄戦が始まるまでの間、日本は非常に重大なターニングポイントにさしかかっていた。そこで戦争が継続されたことが、その後の悲劇を生むことになる。
ではこの時期、日本の政府・軍上層部において、現下の日本軍の残存戦力、兵器増産や練成の見通し、米軍の現状と今後の進攻計画、国際情勢などについて、総合的な検討がなされたかどうか。管見の限り、そのような検討がなされたという記録を、僕は知らない。
もし、この時、こうした検討がなされたのであれば、おそらくは「戦争継続は不可」の結論が下されたのではなかったか。

ところで、「日本が負けた本当の理由」を知っているだろうか。
多くは「原爆投下」と答えるだろうか。あるいは「ソ連参戦」を挙げるかもしれない。しかし、実は、このどちらも、日本が降伏を決めた決定的な理由では、ない。
最新の研究によれば、最大の理由は、「昭和天皇がもはや戦争継続が不可能だと認識したこと」にあった(拙著『終戦史』p166、鈴木多聞『「終戦」の政治史 1943-1945』p153。より正確には、九十九里浜の築城の遅れを理由にした本土決戦不能論)。
原爆投下やソ連参戦がなくても日本は降伏をしていたのである。
そもそも、「1944年6月のマリアナ戦以降の戦闘は、戦争の勝敗が決したあとの戦いであり、米軍にとっては残敵掃討戦、日本軍にとっては挽回の可能性のなくなった自爆戦であった」(山田朗『近代日本軍事力の研究』p314)というのが実際のところだから、昭和20年初頭のターミングポイントにおいて日本が降伏をしていても、まったく不思議などころか、むしろ遅すぎるといえなくもない。

では何故、このときの日本は、降伏の道を選ばなかったのか。選べなかったのか。
あえて言う。「心優しき忖度村」の「全自動忖度マシーン社会」が、降伏という前代未聞の大転換を拒み、「昨日と同じ今日、今日と同じ明日」の繰り返しにしがみつき、「自分ではない、誰か」がなんとかしてくれるだろう、なんとかしてくれるに違いないと、無責任な思考停止状態に陥っていたのではなかったか。
※「忖度(そんたく)」=他人の心をおしはかること。

引用:
軍に限らず、当時の日本のあらゆる官僚機構は、戦争末期のぎりぎりの段階に至ってもなお、戦争継続を規定路線として日々の業務を遂行していたはずである。何故なら官僚機構はルーティン(繰り返し)に最適化されたシステムであり、誰かが号令をかけてそのベクトルを方向転換させるまで、その繰り返しを継続するはずだし、もし各々が判断して方向を変えてしまえばシステムはパニックに陥ってしまう。彼らにとって継戦とは「昨日と同じ明日」、逆に終戦とは180度の変化をともなう「昨日と違う明日」を意味したから、戦争終結という一大変化を起こすにあたって官僚機構が巨大な抵抗勢力として作用しなかっただろうか。誤った方向へと歩みを続ける、精密なオートマティックマシンと化した官僚機構こそが、日本を破滅の道へと導いたパワーの一つであったとも考えられないだろうか。

(拙著『終戦史』p316~317)

とするならば、大野氏が「旧体制」としたもの、日本を亡国のふちに追いやったもの、その本質的な正体とは、現代を生きる僕らと地続きのものであり、葬られてなどいないどころか、むしろ、僕らの心の中に、そのセンターに、どっかりと居座り続けている。
そんな肝心なことにすら目を向けず、やれ旧体制だ葬られたなどと、私は関係ございませんといった調子で書けたものだ。

本当に反省する気があるのなら、まず、歴史を知ろう。


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投稿記事Posted: 2015年8月16日(日) 17:41 
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管理人

登録日時: 2014年7月25日(金) 11:06
記事: 72
朝日新聞2015年8月14日朝刊22面に掲載された、8月8日放送のNHKスペシャル「特攻~なぜ拡大したのか~」の記者レビュー。
松沢奈々子氏はこう書く。
引用:
戦況が悪化しても上層部は特攻に頼り、戦争継続を貫く。和平派はいたが、主戦派が支配する場の空気によって特攻は推進された。本土での特攻作戦は終戦で発動しなかったことに唯一の救いを見いだしつつ、戦争の愚かさと非人道的なむごさを改めて思い知った。

そんな番組でしたっけ。。。

どうも、いちばん肝心なことが伝わっていない。
特攻を推進したのは主戦派ではない。現代の僕らによく似た、というより、僕らそのものといってもいいような心性を持つ人たちだったのだ。

どうやら松沢氏は、論説主幹の大野氏と同様、日本を亡国のふちに追いやったもの、狂気と語られる特攻を推進したものは、自分たちとは何の関係もない、という大前提、先入観的思い込みフレームを堅持したまま、我田引水的に番組を理解した、つもりになったらしい。

僕らはいまだに「頑張れニッポン」コールが大好きだし、集団のために個人が献身することに賛辞を惜しまないじゃないか。あれから70年、当時のような国家的クライシスは幸いにして起きていないが、もし、当時のような状況に追い込まれたら、僕らはまた、個人の感情を封じ込め、頑張りすぎるほどに頑張り、集団に献身する個人の死を美談として語り伝えるのではないのか。それが恐ろしいのではないのか。

なお、本土決戦がなかったことを救いと書いているが、おそらく当時、最悪だったのは、米軍が上陸せず、したがって本土決戦が起こらず、ただ時間が経過していくこと、だったと僕は思う。それこそ根本的に国家存亡の危機に陥っていたはずだ。

「戦争の愚かさと非人道的なむごさを改めて思い知った」という、いかにも的なエンドがまた嫌だ。そういう愚かで非人道的なむごさを知っているはずの僕らが、この70年間、それをしないでいられたのは、僕らの不断の努力の結果、ではないだろう。知っていながらも踏み込んでしまうかもしれない未来、それをまた僕らが選択しないためにも、過去を他人事のように思って書くのは、やめましょうよ。


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