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「戦争の陰が、人々の暮らしに忍び寄っていました」という定型句
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作成者:  fratdrive [ 2014年9月25日(木) 15:33 ]
記事の件名:  「戦争の陰が、人々の暮らしに忍び寄っていました」という定型句

戦争ドラマなんかでよく登場する設定やナレーションに、
引用:
戦争の陰が、人々の暮らしに忍び寄っていました。

というものがある。
ほとんどパターン、定型句といってもいいだろう。

でもそれはおそらく多くの場合、嘘だ。
何故なら、戦争の陰を呼び寄せていたのが、ほかならぬ、同時代を生きる多くの人々であった、と思われるからだ。

以下、拙著『終戦史』より抜粋。

p175

引用:
ところで、太平洋戦争の開戦以後、陸軍の兵員数は一貫して増加し続け、終戦時には547万人。海軍の241万人をあわせると788万人にも達していた。これを現在の大企業と比較すると、たとえばトヨタ自動車の従業員(単独)の100倍以上という、超巨大組織ということになる。そしてその半数以上、陸海軍あわせて433万人もの兵士が日本本土にいた。内実は井本が詳述したようなありさまだったとはいえ、これだけの数が「戦争完遂」をスローガンに動員されていた当時の状況を踏まえれば、前述の宮崎作戦部長の「〔本土決戦の断念を〕思っても言えない」との発言の意味がより理解できるように思われる。


p317

引用:
ちなみに、終戦当時の軍が抱える兵士の数が現在の大企業と比較して桁違いに多かったことは前述したとおりだが、戦争に支出する費用もまた、莫大なものであった。たとえば終戦の前年、1944年の一年間の直接軍事費は約735億円、国家の財政支出のなんと9割近くにものぼっていたのである。戦争終結までの限定的なものであったとはいえ、ここまで巨大な財政支出となれば、そこには当然、末端にいたるまで、さまざまな利権が発生していただろうことは容易に想像できるし、戦争という、いわば国家の一大プロジェクトの遂行にともなっていつしか固定化した既得権益の数々に、当時の日本ががんじがらめになっていた、とみることも、あながち的外れなことではないのかもしれない。


その註(18)

引用:
大蔵省昭和財政史編集室編『昭和財政史 第四巻 臨時軍事費』(東洋経済新報社、1955年)p5。直接軍事費は、陸海軍省費、臨時軍事費、および徴兵費の合計。同書では「今次の戦争のための直接的戦費は、現在(昭和二十八年平均)の物価にしておよそ八十九兆円、すなわち今日の予算規模で九十年分の予算が九ヵ年たらずの戦争のために消費された」としている(p390)。


また、昭和20年以前の日本がほぼ10年おきに戦争をしていたというのはよく言われることだし、10年おきどころか5年おきに実質的な戦争をしていたとする指摘もある。
当時の日本は、そして日本人は、常に「戦争の陰」と分かちがたい関係にあった、とみるべきだろう。

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