囲い込まれ感、というのを、最近感じる。居心地はいいんだけど管理統制されたドーム内に放牧されて、周到にプランニングされた通りにエンジョイしろよ余計なことはすんなよ、みたいな。たぶん、消費者としての感覚。こういう感覚が時代の閉塞感につながっているのではないか。
戦後、急速に成長する日本経済と大量消費社会のなかで、ひとは、ひとという全人格的存在ではなく、生産者として働く一方、消費者として消費することを求められた。かなり窮屈そうだが、実際には、クルマはよく壊れるし、東京ディズニーランドもなかった。囲い込みがまだまだユルかったと思う。
でもいまはとかとか、街全体をカプセル化させた娯楽空間が。お台場なんかもそうだし、工場跡地再開発の巨大SCなんかも。
ぼくらは「客」として定義され、そこに向かって囲い込まれていく。ブログもそう。どこそこの店がうまいとかまずいとか、こないだ見た映画がどうだとかこうだとか。気がつくと、消費者としての感想ばかりが出てくる。
生産者と消費者。店と客。 「お客様は神様」と、傍若無人にふるまう消費者。そんな消費者を満足させ利潤を得るために、ひととしての姿を放棄する生産者。麻痺した者同士がもたれあう不健全な社会。fixした関係は、窮屈だし不自然だ。
囲い込まれた外に出たい。
初出:2005年05月07日
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