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投稿記事Posted: 2015年8月19日(水) 13:58 
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管理人

登録日時: 2014年7月25日(金) 11:06
記事: 72
多くの若者を死に至らしめた狂気の特攻作戦は何故はじめられ、戦争が終わるまで拡大し続けたか。
それは、ほかに手がなかったからだ。

では何故、ほかに手がないのにもかかわらず、戦争を終わらせられなかったか。
それは、戦争を終わらせることは、すなわち、現状維持からの大転換だったから、ではなかったか。

戦争末期の日本。
もはや勝ち目がないとしても、それでも、社会全体が、戦争継続を大前提に回っていた。
だとすれば、たとえ危機的な状況だったとしても、そこにはある種の、現状維持を是とする保守的なパワーが強く働いていた、と推定することが妥当だろう。
昨日と同じ今日、今日と同じ明日を綿々と連ねていきたい。
そう願う「空気」が、社会全体を覆いつくしていた、のではなかったか。
そしてそれが、「主戦派」とか「徹底抗戦派」とか言われるものの、土壌であったはずだ。

「主戦派」とか「徹底抗戦派」とか言われるもの、その正体はやや曖昧であるが、それは決して社会から遊離した存在などではなく、むしろ当時の社会、日本という大きな「ムラ」に、しっかりと根ざしたものであったはずだ。
そしてその「ムラ」をどうにかこうにかでも維持し続けるには、戦争を続ける必要があった。
そして、まともな戦力を消耗し尽くした日本に残されていたのは、特攻だけだった。

と考えると、特攻とは、日本という「ムラ」を維持し続けるための、いわば「人柱」であった、と言うことができるのではないか。

また、戦後、「戦争責任」が糾弾された。
それは、おそらくやはり、日本という「ムラ」を維持し続けるために、責任者を特定し、「ムラ」から排除する。つまり「村八分」をすることによって、悪かったのは「ムラ」ではなく特定の個人だったことにし、そうして「ムラ」の延命存続をはかった、とみることができる。
そこでも、別の「人柱」を立てることによって、「ムラ」は維持された。
私たちは悪くない、私たちはただ、騙されたのだと。

つまり、特攻を拡大せしめた「ムラ」は戦後も生き残り、「戦争責任」を他人に転嫁することで、その存続をはかっている、のではないか。
また、それはいまも、綿々と続いているのではないか。
戦中、戦争を推進し、戦争を終わらせることを阻み、多くの若者を死に至らしめた主体と、戦後、「戦争責任」を糾弾する主体とは、実は同一なのではないのか。
すなわち、誰かの戦争責任を糾弾する勢力こそが、戦争推進勢力そのものなのではないのか。

別の角度から捉えてみる。
「主戦派」とか「徹底抗戦派」とか、当時、好戦的だった勢力とは、つまりは、現状維持の勢力であった、と言うことができるだろう。
そしていま、現状維持を強く主張する勢力とは、いったい何か。
たとえば「戦争法案反対」を主張する勢力とは、現状維持を主張する勢力、とみることができる。
つまり、当時の現状維持勢力は好戦的な主張を繰り広げていたのに対し、いまの現状維持勢力は反戦的な主張を繰り広げている。
この二つの勢力は、一方は好戦的、もう一方は反戦的と、真逆な主張であるのだが、僕にはどうも、「危機感をかりたてる扇情的なフレーズ」の一点において、どうにも類似したものと思えてならない。

かつての日本は、「危機感をかりたてる扇情的なフレーズ」に付和雷同した結果、最悪の事態を招いたのではなかったか。
我々に求められているのは、付和雷同や、忖度の連鎖、つまりは、ある種の「和」ではなく、「個」ではないか。
連帯ではなく、孤独ではないか。
共感や共有ではなく、「空気を読んで笑うな!」(悪夢ちゃん)
http://fratdrive.net/diary/fratdrive/akumu.html
ということではないか。


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投稿記事Posted: 2015年8月23日(日) 10:39 
オフライン
管理人

登録日時: 2014年7月25日(金) 11:06
記事: 72
「狂気」の正体とは。

戦後、占領下の復興期を経て、日本は高度経済成長期に入った。
日本の高度成長を支えたもの、それは、終戦とともに虚脱に陥り(←ジョン・ダワー曰く)、それまで「ぜいたくは敵だ」と欲望を抑えこまれていた庶民たちの、狂ったような物欲、つまり、「狂気」だったのではなかったか。

その後、日本はバブル経済を経て、長い停滞期に入る。
バブル時代、ぼくは乃木坂で働いていたから、しょっちゅう六本木に行った。六本木の夜はいつも盛大に賑やかで、浮かれた男女と花束でいっぱいな街は、まるで狂っていた。つまり、あの時代、日本を支配していたのは「狂気」だった。

「狂気」の正体とは何か。考え続けている。


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投稿記事Posted: 2015年8月30日(日) 17:04 
オフライン
管理人

登録日時: 2014年7月25日(金) 11:06
記事: 72
70年前の戦争末期の日本と、現在の日本は、つながっている。
それが僕の、強い取材実感だ。

当時の日本を、狂っていた、暴走していたと、他人事として、糾弾、断罪して、それで済ませてしまうのは、違うのじゃないか、と感じている。

僕らは、僕ら自身の心の奥底に、当時を生きた日本人たちの多くが持っていたものと同じものを、いわば遺伝子のように持ち続けて、生きているのではないか。
そして、それに目をそむけたまま、次世代の子供たちに、だとか、未来志向で、だとか言うのは、嘘くさいんじゃないか。

僕らはずっと、ごまかし続けているんじゃないか。キレイゴトで覆い尽くされたこの世の中に息苦しさを感じるのは、けっこうマトモな感性なんじゃないか。


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