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他者への想像力

外風呂に行くと、大人・子供を問わず、辟易させられる行動に直面することが、しばしばあります。

たとえば、タオルを風呂のお湯に浸す行為。たいていの入浴施設では、これをしないように注意書きしているのですが、いい年をした大人からして、これをやっているのをよく見ます。

あるいは、 湯口から出てくるお湯を、かけ湯用に置いてある桶ですくっては自分の足にかけながら、無邪気に友人とダベっている小学生。ただ、子供は経験が浅いし、そもそも視野が狭く他人が見えていないところがあるから、不愉快ではあるけど、大人が指摘すればいい話です。…と、注意しようとしたところで親が呼びにきて、子供たちは風呂をあがっていきました。親は、子供のその行為を注意しませんでした。

こうした行為は単に、公共浴場での経験に乏しいためのマナー違反、というにとどまらず、他者への視線や配慮に欠けた行為のように、僕には思えます。つまるところ、それは、他者への想像力に欠けているということになるのではないでしょうか。

不思議なのは、いま、これだけSNS等で、アカの他人と交流する、「つながる」ことが身近な時代になったのに、それでもなぜ、パブリックな場での他者不在の行動をとるのだろうか、ということです。

そういえば、風呂をあがったあとの休憩室で、インスタにでもアップするのか、仲良し親子写真を撮っている家族がいました。「イー」と声を出しながら、写真を撮っていました。彼らに、周囲の他者は見えていたでしょうか。

ここまで書いてきて思うのですが、そもそも僕ら日本人って、ヨソモノへの想像力に欠けた生活を、この日本列島で長年続けてきたのではなかったでしょうか。となると、このDNAは、容易には変えられないのかもしれません。

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