2010年08月25日

報道の低質化

今夏多発する熱中症死、エアコン嫌いのせいだとは思わない。少なくとも主因だとは思わない。暑さの質が変わったとも思わない。純気象問題ではなく、暑い町・暑い家を作り出した経済・効率優先の日本の問題で、天災ではなく人災だとぼくは思う。と思うのは、いま住んでる家が森に面する風通しのいい設計で、ある程度エアコンなしでも快適だから。前住んでた家はひどかった。 町に緑や土や水を増やし、風通しのいい家を推奨すれば事態は改善するのでは。エコでもあるし。というか温暖化ならやらなきゃまずいし。メディアがなぜそういう視点を伝えないのか。
と、ぼくはツイッターで書いた。 ([ link1 ][ link2 ][ link3 ][ link4 ])

お盆の渋滞予測報道についてはこう書いた。

首都高も東名下りもガラガラ。帰省ラッシュビークという“見込み”報道は実態と違う。最近よくあるパターン。[ link ]
今日の東名上り渋滞、事前予測と実態推移を比較。場所によっては渋滞ピークが予測よりも早く、全体的に抑制的(予測より渋滞激しくない)。明日もこの傾向が続くと見て計画を立てる。[ link ]
今日朝早くに帰省先を出たがほとんど渋滞なく昼には埼玉着。午後も東名大した渋滞なかった模様。昨日今日、この盆時期の高速渋滞予測は結果的大外れ。渋滞伝えるニュースも誤報に近い。ひでえ仕事だな報道。[ link ]

地デジについても不満がある。多くのデメリットをなぜ伝えないのか。テレビはともかく、新聞や雑誌も。

報道はいまや、プレスリリースを右から左に流すだけの思考停止機能化してしまったんじゃないだろうな。

2010年08月22日

「なりたい自分になれるはず」について

なりたい自分になれるはず、というのは、ほとんどありえないだろう。
なるようにしかならない、というのが、現実的な線だろう。
「なりたい自分になれるはず」というフレーズや考え方がいつからどのように登場したのか。戦時中はありえないから、きっと戦後のある時期からだろう。勝手な推測では、広告のコピーから始まったのではないか。つまり売りたい商品を買わせるために、消費者に刷り込んだ考え方ではないか。このフレーズを信じれば、なりたい自分になるために、消費者はどんどん(無駄な)支出をする。
がしかし、これはあくまで無責任な広告コピーであって、商品やサービスの購入をすることで(=努力とかそういうことをショートカットして)なりたい自分になれるというのは、とても虫がいい考え方。ただ、ほとんどの人は、「なりたい自分になれるはず」という泡沫(うたかた)の夢にいっとき酔うために、ちょっと財布のひもをゆるめてみる程度だろう。酒を飲んで酔っ払うのと同じだ。やがて現実に戻って、現実に向き合って生きていく。でも、その夢から醒めない人はどうなってしまうのか。

ぼく自身は、子どもの頃に「将来の夢」を持ったことがない。と思う。少なくとも記憶にない。こんな大人になれたらいいなというぼんやりしたイメージはあったけど。もちろん、夢を持ち、夢の実現に向かって努力するのはいいことだ。だけどそれが、外圧的に与えられた夢だったら。売り上げアップという「企業の夢」を実現するためにバラまかれたものだったら。

戦後日本は企業社会だった、ということができると思う。地縁が解体し、“社縁”がそれにとってかわるようになった。かつては社内恋愛で結婚→出産のサイクルが促進されたし、会社がアイデンティティでもあった。いまもある程度、企業社会的構造は続いていると思う。“市民社会”が実現するとしても、それはもっと先のことだ。日本社会を支配しているのは企業だ(ちなみに企業はなかなか叩きにくい。政治や行政といった公の組織には記者クラブもあるし名目もあるし叩きやすいけど)。日本経済には内需拡大だとか消費回復とか言われたりするけど、「なりたい自分になれるはず」という呪文をかけた副作用の責任は誰もとらない。

…ということを、最近起こったとある痛ましいニュースから考えた。

「なりたい自分になれるはず」というのは戦後突如発生した、たんなる広告コピーではないのではないかという気もする。明治維新後の日本そのものではないか。一等国を夢見て、一等国に成り上がって、そこから転落していく過程。当時政府指導者層や軍中枢、官僚の彼らも、「なりたい自分(=日本)になれるはず」と夢見たのではないか。知識人やジャーナリストも、技術者や科学者も、商人も、労働者や農民も、みんなが「なりたい自分になれるはずと思ったのではないか。国全体が同じ夢を見ていたかどうかはともかく。

2010年08月08日

昔とは暑さの質が変わったのか。

私が子どもの頃は気温が30度を超えると「今日は暑いねえ」と言ったものだが、今や最高気温35度、36度も当たり前になった。昔とは暑さの質が変わったのである。

これは今朝(2010年8月8日)、朝日新聞声の欄(9頁)に掲載された“「エアコンは体に悪い」見直そう”という投書。神奈川県藤沢市在住51歳男性から。

こういった話は時々見聞きするのだけど、ほんとだろうか。
と思ったので、気象庁の過去の気象データ
から、ぼくの住む埼玉県熊谷の最高気温データを調べてみた。データがある1961年から、去年まで。

確かに最近の最高気温が上がっているような気もするけど、昔も充分暑かった。「最高気温35度、36度も当たり前」なのは変わってないと思う。51歳男性が14歳だった37年前、1973には38.7度の最高気温だったし。男性が住む藤沢ではないけど、横浜では1962年に37.0の最高気温が出ている。

明治時代からの「日平均気温の月平均値」もある。7月・8月の平均気温値も、グラフにはしなかったけど、まあざっと見て25度前後って感じで、少なくとも大幅に上がっているようには見受けられない。

ということで、この男性が書いていることは正しくない。「昔とは暑さの質が変わった」とすれば、気象ではなく、現代の生活環境、たとえば家屋の構造だったり、緑+土からコンクリートに変わったりして、実際の生活で感じる暑さが変わった、ということではないだろうか。

2010年07月07日

少数派の君たちへ

インターネットが登場したとき、これは少数派の福音だと喜んだものだった。
リアルなつながりの中で同志が見つからなくても、インターネットの海を探していけば、どこかに同志と出会える。
具体的にいうと、アメリカの片田舎でDune Buggy遊びをしてるおっさんとダイレクトにコンタクトできることを知った衝撃。

ところがインターネットが普及し、誰もが使うツールになると、多数派のツールに変貌してしまった(ように見える)。
いわゆる「ネット界」は多数派の覇権を狙う人の良さそうな野心家たちの巣窟となり、多数派工作、同調圧力の雨嵐。

彼ら多数派の特徴は、その場にいる多くの同意を前提とした発言をする点。少数派が常にアウェーの風にさらされているのと対照的に。

多数派工作なんか興味ないし同調圧力に流されたくもない。インターネットはぼくにとってやはり少数派のツール、雑音にまどわされずに本来出会いたい人と出会いたい。

…という本筋をつい忘れがちになるので、改めて初心表明。

2010年06月02日

「何も引き受けようとしなかった無責任な世代」の僕

誰がやったって同じだ。護送船団方式に慣れきって、痛みも責任も引き受けるつもりのない人たちがこの国の多数派を占めているかぎり。

「街の声」を聞くと時々腹が立つ。自分だけは特別[ Link ]なんて絶対ない。ぼくらは次の代に引き継いでいかなければいけないのだ。間違ったものを引き継いではいけないのだ[ Link ]。

逆円錐形の劇場。そこに鳩山さんは立っていて、オーディエンスに降りてこいと呼びかけている。ぐるっと囲んだ観衆は「お手並み拝見」とかいいながら高みの見物。火の粉が飛んでこない高い所に陣取って、見下して、ネタにして。

ぼくらは後の世代から、「何も引き受けようとしなかった無責任な世代」と評価されてしまうんだろうか。

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2009年12月10日

首都圏の人口は全国の3割に満たない。

前記事(いま、日本は35歳から39歳が最も多い。)につづく第2弾。

平成20年10月1日現在推計人口」から、首都圏(東京、神奈川、千葉、埼玉)と首都圏以外の人口をグラフ化してみました。(単位 千人)

首都圏人口は全国の27.4%と、3割に届きません。7割以上が首都圏以外に住んでいます。東京都だけだと全国の1割。

都道府県ごとにみれば東京都の人口がもっとも多いのですが、それでもわずかに1割に過ぎません。

2009年12月09日

いま、日本は35歳から39歳が最も多い。

日本の総人口データ(5歳階級、推計人口(平成21年11月概算値) )をグラフ化してみました。

人口の多い年齢階級ベスト5は、
35-39歳 973万人
60-64歳 946万人
55-59歳 907万人
40-44歳 859万人
30-34歳 857万人
…高齢化社会と言われている通り、55歳以上も多いのですが、30代が意外と多いのにびっくり。

※総人口なので日本人人口ではないです。

2009年11月19日

日本は安全な国になりました的な統計

交通事故が減っていることは以前に書いたのですが、ふと気になって、犯罪の統計も調べてみた。

認知件数は平成14年に戦後最多を記録したが、その後連続して減少。

凶悪犯。認知件数も犯罪率も減少。殺人は平成19年に戦後最少を記録。

[ 平成20年の犯罪 - 統計(警察庁) ]
(というか「犯罪の概況」pdf)のほうが早いかな。

…ということで、おおむね減少傾向。安全になってることはとにかく喜ばしいですね。詳細はリンク先を参照。

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2009年11月14日

Twitterについての若干の危惧。

Twitterは輿論か世論か。

少なくとも日本国内ではいまのところTwitterユーザーは限定的。一部の人しか使っていない状況から、輿論的空間と見ることができるかもしれません。

だけど、これがもし仮にひろく一般大衆のツールとして普及したらどうなるでしょうか。

Twitterは熟慮の末に紡ぎ出される責任ある理性的意見というよりはむしろ、反射的かつ情緒的なつぶやき(ホンネ)に向いたツールですから、本質的には世論的空間でしょう。

と考えると、Twitterの大衆化によって、「無責任かつ無軌道な煽動ツール」に変貌してしまう可能性があります(←いまはそうじゃないという仮定での表現)。その意味では、Twitterは危険性を秘めたツールであるかもしれません。と、自戒をこめて書き記しておきます。

もちろん、そうならないほうがいいに決まってますが。

なお、輿論と世論についてですが、『輿論と世論』を読むと、
・世論とは世上の雰囲気、責任ある輿論とは異なるもの
・輿論=意見、世論=感情
・輿論=理性的討議を中核とする市民的公共圏、世論=街頭での情緒的共感から生れる大衆的公共圏
…等と説明されています。

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2009年10月20日

運転免許更新で講師が嘘をついた。

きょう運転免許証更新で運転免許センター(埼玉県鴻巣市)に行った。更新時講習で、講師が「交通事故の数は減少の兆しを見せない」といった主旨を語っていた。

おかしい。

以前、「「交通事故死者数は劇的に減少していた!」と書いた(2007年11月05日)。

で、最新のデータを確認してみた。

統計(警察庁)から平成20年中の交通事故の発生状況を見てみた。

これのどこから「減少の兆しを見せない」云々と言えるのだろうか。

講師が嘘をついた。

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