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2011年06月 アーカイブ

2011年06月26日

非接触型コミュニケーション

きのうの帰宅電車。

左には赤ん坊を連れた夫婦。赤ちゃんはしっかりしたベビーカーの中に。ママはかなり高いヒールを履いていた。
赤ちゃんは僕のことが気になるみたいでじっと僕を見ていた。僕は知らんぷり。
ママは座席に座りながら、ときどき赤ちゃんを触ってスキンシップ。
というか、だっこすれば赤ちゃんハッピーだと思うのに、なんでいまどきのママはだっこしないのかな。
僕はうちの子がチビの頃はいつもだっこしていた(「だっこひも」と呼んでたけど、肩からかける簡単なサポートツールがあった)し、歩けるようになったらずっと手をつないで歩いていた。外出先ではほぼフルタイムでスキンシップをしていた。
でもいまの若い親のスキンシップは、パートタイムだ。気が向いたら、って感じに見える。スーパーやショッピングセンターの駐車場や店内でも、手をつながない親子のいかに多いことか。
ぼくはそれを非接触型育児、と呼んでいる。

話を戻して、僕の右の座席には40がらみの女性。カバンからiPodを取り出して、なにやら熱心に見ている。…なんだツイッターじゃねえか。
(ただのケータイで見れるのを、わざわざあんなでかい端末で見る意味あるのかな)と思いつつ電車に揺られていた。
そうか、右も左も、非接触型コミュニケーションの方向か。それがいまのトレンドか。
非接触型コミュニケーションは、いつ誰とコミュニケーションをとるかを任意に決められる。気が向けば手をつないだり、リプライしたりするし、気が向かなければシカト。この、「気が向かなければシカト」というオプションを常に選択可能なのが非接触型コミュニケーションの最大の利点だろう。

震災後のいま、「ひとつになろう」なんて言ってるけど、非接触型コミュニケーションがデフォルトの人たちがひとつになるわけ、ないじゃん。

でも、非接触型コミュニケーションなんてあほらしーや、って気分にもなりつつある。そんな都合よく、大事で大切なものが手に入るのか。結局はマーケティングにいいように転がされて、「カス」ばかりつかまされておしまいなんじゃないのか。「子どもの人格を大事に」なんてキレイ事吹き込まれているうちに、決定的な断絶を作ってしまうんじゃないのか。まあ別にそれでもワタシは一人で自分らしく生きていくわ、なんて幻想をあくまでも追い求めていくのであれば勝手にやってくださいという感じかなあ。

(あくまで仮説だけど強く思ったのでここに記す)

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