「低収入だから結婚しない、子どもを産まない」というロジックがいつどこから生まれたのだろうか。たぶん行政側から、少子化対策研究的なところでだと思うけど、いまや「結婚しない、子どもを産まない」本人たちのエキスキューズに使われるフレーズ化してる気がする。
ほんとにそうか?だとしたら世界的な結婚出産をどう説明するんだ。
かりに、非婚者や子どものいない夫婦を分析したら低収入だった、としても。
逆に、結婚しないから低収入、子どもを産まないから低収入、というロジックの可能性はないのだろうか。
…このあたりちゃんと数字を見たわけではないから何ともいえないけど、これはあくまで仮説として。
結婚しない、子どもを産まない理由は別にあるだろうと思う。親、もしくは社会(制度)に対する甘え。自律的に、つまり親や社会(福利厚生的な公共サービス)に過度に依存することなく立って生きていこうと思ったら、親元を出て、結婚をして、子どもを産むのが合理的選択だろうと思う。
貧乏人が合理的選択をすることなく結婚しない・子どもを産まないという「現状維持」を続けるのは何故なのか。誰かに依存するという状態がそんなに居心地がいいのだろうか。
老後の面倒は誰が見てくれるのか。誰かが何とかしてくれると思えば、現状のままずるずる生きていく。結婚や出産をしていなかったら、その「誰か」は、親か兄弟か、もしくは行政しかいない。
シングルは高コストな生活だ。
日本経済は家族を分解し(大家族→核家族→シングル)、家族が内包していたものを外部サービス化(=有料化)させることで内需拡大をしてきた(←かつての月刊アクロス的な分析)。逆に家族が増えるほど、家族1人あたりのコストは下がっていく。だから、貧しかったら大家族を構成するのがいちばん合理的で安全。
…というのは、ぼくのような貧乏人の論理。逆に、高収入だから結婚しない、子どもを産まないという生き方もありえるだろうと思う。潤沢な収入があれば、いろいろなことを外部サービス化して老後まで生きていけるから。