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放射線より親のストレスが子どもに悪いという話。

親の不安は「原発事故の罠」 小児科医 浦島充佳さん 親の不安は「原発事故の罠」 放射線よりストレス影響

2011.09.01 読売新聞東京夕刊8頁

 小児科医で、新型感染症の流行や生物テロなどの危機管理対策を研究している東京慈恵医大准教授の浦島充佳さんは、今の私たちは「原発事故の罠(わな)」に陥りやすい心理状況にあると考えています。浦島さんの言う“罠”とは何なのか、聞きました。
 --福島第一原発事故後、特に子どもを持つ母親の間で放射線への不安が広がっていますね。
 政府の発表は、わかりにくく、情報公開や対応が遅れました。一方、今回のようなレベルの放射線量での健康影響ははっきりせず、専門家の間でも意見が分かれています。放射線は目に見えず、避けることができない。子どもがどれくらい被曝(ひばく)したかもわからない。「がん=不治の病」というイメージ。心配するのは当然の成り行きだと思います。
 --けれども、その不安の中にこそ「原発事故の罠」があると指摘しています。
 チェルノブイリ原発事故の時も同じ状況がありました。原発周辺に住んでいて避難した妊婦さんの子どもたちを10年間追跡調査したところ、避難先の同年齢の子どもに比べて、情緒障害、社会適応障害がかなり多かった。けれども、障害の有無は被曝量とは相関がなく、親の不安、ストレスが強いほど、子どもが情緒障害になる割合が高いという結果が出ました。
 国連の報告によると、周辺住民への放射線の直接の影響は、今のところ、子どもの甲状腺がんだけです。被曝時18歳以下の未成年のうち15人が2005年までに亡くなりましたが、99%以上は治っています。原因は牛乳に混入した放射性ヨウ素でしたが、旧ソ連の牛乳の出荷制限基準値は、日本の10倍以上でした。
 今後未知の影響が出るかもしれませんが、周辺住民の被曝量から考えると放射線の身体影響より、精神的なストレスによる影響の方が大きいと思います。
 とは言え、親なら当然、子どものリスクはゼロにしたい。そう考えて不安になることが子どもの健康に影響を与えてしまう。これが「原発事故の罠」なのです。
 --「不安になるな」というのは難しいです。
 「ここに住み続けても大丈夫か?」「○○産の食品を子どもに与えても大丈夫か?」という質問をよく受けます。そんなときはこれまでの内容を前置きした上で、こう説明します。
 母親として安心して子育てできる環境選びを最優先してください。他の地に移住すると、家族がばらばらになり、その地で新しい人間関係を築かなくてはならないかもしれません。食品からの内部被曝の可能性は国内のどこに移住してもついて回ります。それでも移住した方が安心して子育てできるとすればそれでよいと思います。
 食品でも産地などをみて子どもに安心して与えられるものがあれば、それを買えばよいと思います。しかし、心配し過ぎて、家族や地域の絆、子どもの情緒の発達などもっと大切なものを見失わないでください。
 --国に望むことは。
 国のリーダーには「人々が抱える不安と懸念を自分自身のものとして果敢にそれに立ち向かう気概」と「スピード感」を持って、問題解決に全力であたってほしいと思います。そうすればおのずと道は開けると私は信じています。(詳しくは医療介護サイト「ヨミドクター」に掲載*)

*=1,2,3,4

さらに、中川恵一氏の文章も掲載しておきます。

低線量被ばくの“不確実性”と宇宙の“超越性”

低線量被ばくに対する恐怖が広がっています。たしかに被ばく線量が上がると発がんが増えますが、これは主に、広島・長崎の原爆被爆者を調査したデータに基づいています。チェルノブイリなどの過去の原発事故のデータは、原爆の調査研究ほど役に立ちません。飯舘村に測定に入った際にも経験したことですが、原発事故の場合、空間線量は、風や雨といった天候や、地形、地面の性質などによって、大きく変わるため、線量計を常時携帯しないかぎり、住民個人の被ばく量を正確に把握できないからです。.
一方、原爆の場合は、被爆の瞬間にいた場所だけで浴びた線量がほぼ決まりますから、住民の発がんの有無を調べれば、線量と発がんの関係について、精度のよいデータが得られるわけです。そして、これまでの分析の結果、100ミリシーベルトの被ばくで、がん死亡率は約0.5%増加し、この値以上の被ばくでは、線量が増えるとともに「直線的に」リスクが上昇することが分かっています。.
しかし、100ミリシーベルト以下の被ばくでがんが増えるかどうかについては分かりません。これは、喫煙や飲酒の他、野菜嫌いや、運動不足、塩分の摂りすぎ、といった生活習慣上の発がんリスクが、放射線とは比べものにならないほど高いからです。たとえば、喫煙で、がんによる死亡リスクは16倍くらいに上昇しますが、これは、2000ミリシーベルト!の被ばくに相当します。受動喫煙でも、100ミリシーベルト程度にあたります。低線量被ばくのリスクは、他の「巨大なリスク群」の前には、「誤差の範囲」といえる程度と言えるため、100ミリシーベルト以下の被ばくで発がんが増えるかどうかを検証するためには、膨大なデータ数が必要になるのです。.
低線量被ばくで発がんが増えるかどうかは分かっていませんが、100ミリシーベルト以下でも、安全側に立って、線量とともに直線的に発がんも増えると想定する“哲学”あるいは“思想”が、国際的な放射線防護の考え方で、「直線しきい値なしモデル」と呼ばれています。しかし、このモデルを採用すれば、自然被ばく(約1.5ミリシーベルト)や医療被ばく(約4ミリシーベルト)が存在する以上、どんな人も“グレーゾーン”にいることになります。“純白”は存在しませんから、安全の目安は住民を中心に社会が決めるしかありません。しかし、「白か黒か」のデジタル的「二元主義」がグレーを受け入れる妨げになっています。また、徴兵制や内戦、テロにも無縁な現代日本人が、「ゼロリスク社会」の幻想を抱いてきたことも背景にあるでしょう。.
福島第一原発事故で、発がんの増加は検出できないと私は思っています。しかし、被ばくを避けようとするあまり、家に閉じこもって運動をしなかったり、輸入牛肉ばかり食べて、野菜や魚といった日本人を世界一長寿にした食事のスタイルを放棄すれば、かえって、がんを増やすことになります。また、子供を外で遊ばせるかどうかで諍いを繰り返し、離婚にいたった夫婦も、現にいます。避難を強いられている方々はもとより、この事故が日本人に与える不幸の積算量は甚大です。.
セシウム137の30年という半減期は、どんな最先端技術をもっても変えることができない「超越的な」ものです。半減期45億年(ウラン238)といった宇宙レベルの存在を人間が扱えると信じたところに人間の驕りがなかったか、省みる必要があると思います。
[ link ]

正しい情報に基づいてストレスフルになるのは仕方がないと思うけど、間違った情報もしくは情報不足に基づいてストレスフルになるのは馬鹿げていると思う。自分の子どもがかわいくて、そのかわいい子どもを守りたかったら、まずは大量の情報を精査して、自らで考え、判断すること。botのように誰かのフレーズをリフレインするのではなくて。

botに子どもを守れるわけがないんだから。

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