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書いてはいけない

かれこれ10年来、通い続けているコーヒー豆屋さんがある。ぼくにコーヒーのおいしさを教えてくれたお店だ。店のおじさんにいろいろ教えてもらって、今では自家焙煎にまで手を出すようになった。おじさんがマスコミ取材お断り主義であることを聞かされているので、ぼくのサイトでも、店名には一切触れていない。

ところが、このところのブログブーム。ここの店を書いたエントリーがあらわれた。店名、場所。ご丁寧に、駅からの行き方まで説明してあるものもある。もちろん、書き手としては悪気はまったくなく、自分が利用しているいいお店のことを、少しでも他の人にも知ってほしいという気持ちだろう。

だがどうやら、店のおじさんは迷惑しているようだ(←直接聞いたわけではない)。その詳細は、ここでは書かないが、どうやらそこには、馴染みの客以外をあまり歓迎していないという事情もあるようだ。コーヒーの品質が保てなくなるというのが、その理由らしい。

どういうことか。コーヒーは鮮度が命。とりわけここのコーヒーは深煎りをしているので、おいしい代わりに劣化(酸化?)が早い。カンバン方式じゃないけど、なるべく在庫を持たず、作ったそばから全部売れてしまうのが望ましい。ぼくのような馴染み客は日々の飲み量がだいたい決まっているから、馴染み客オンリーだと計画的な生産ができる。

…とまあ、そういうことなんだという話。マスコミ取材お断りなのもおそらく、こうした事情からで、けっしておじさんが変わり者だからとかいうことではないだろう(?)。こういうあり方は理想的だと思う。商売は、ほどほどで息長く続けられるのがいい。世の中、一発当てることに熱心な夢追い人がたくさんいるけど、当てたはいいがその先はどうするのか。人生長いのだ。ぼくのような稼業でも同じで、一発当ててメジャーにのし上がるのは逆に危険で、忙しくもなくまた暇でもなく、ほどほどに仕事が続いて、ほどほどに食っていけるのがいちばんいい(←理想値)。

コンスタントな販売がないとおいしい豆の供給ができないということだから、いわば、ここのお店の味を、ぼくら馴染み客が支えているともいえる。ただの消費者ではなく、みんなで少しづつ生産者を支えている存在だともいえる。

話をもどす。好意ないし善意で書いたブログが、逆に人の迷惑になることがあるという話だった。こういう話もある。

「会社に訪ねてきた取引先の人に、社名を出して社内の様子をブログに書かれた。誉めていたけれど、なぜかいい気持ちがしなかった」(35歳・女性会社員)
(AERA 2005.5.2-9)

なぜ「いい気持ちがしなかった」のだろうか。なんとなくわかるんだけど、よーく考えていくと、難しい。

ブログの多くは身辺日記。(少なくとも建前上は)upするネタを仕込むために取材に出向いてるわけではなく、自分が出かけた先で見聞き⇒それを公開する、という展開。事前のアポ取りとか現場での取材交渉とか、プロの取材者が通常行うことはしないのが普通。そもそも、プロは名刺を出して名乗ったり、一見してそれとわかる格好をしてたりするので、取材される側も認知できる。しかしブロガーはただの一般人にしか見えない。誰が何を書くか事前にわからないという不安感はある。

しかし一方でそれこそが誰もが発信者になれる、ブログというかネットの良さでもある。プロの取材では見えない発見もあるだろう。たとえば、テレビのロケだとやたら愛想がいいけど、一般客への対応がひどい、という店もあるかもしれないし。

それに、ブログはあくまで宣伝広告ではない。既存メディアの記事でも同じだけど、取材される側にとって都合のいいことばかり書かれるとは限らない。あくまで筆者の是是非非によって判断されて書かれるべきで、その主体性を失ってしまえば、読者の信頼もまた失うことになる。事実誤認は正されなければならないが、都合が悪いからという理由は通らない。

これはリテラシーの一種であって、書き手の責任というこれまで既存メディアが一身に担ってきたものを、一般市民も担う必要性が出てきた、といえば、話がまとまってしまうか。

重要な問題だけど、これはなかなか難しい。ケースバイケースだろうけど、実名つきで紹介する場合には、それなりの配慮が必要になる場合があるということだけは、頭に入れておいておきたい。傾向としては、プライベートな関係の場合には配慮するけど、お店とかの場合、客だからいいだろう、悪口じゃなきゃいいだろう、というような、やや身勝手な感じになりがち。お店の人と撮ったツーショットを、自分の顔だけ塗りつぶして掲載するとか。店にもいろいろ考えがあるし、お店の人にもプライバシーや肖像権は存在する。考えてみれば当然のことだけど。結局、人と人の関係。それに尽きる。

「私のホームページに書いてもいいですか」…無断で載せることにためらいを感じる場合には、その一言が必要かもしれない。

この問題については、ずっと考え続けていかなければいけないと思う。

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