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見栄と恐怖のSNS

アイスクリームの上に寝そべったり、冷蔵庫の中に入ったり。コンビニなどのアルバイト店員たちの悪ふざけ画像がネットにアップされては批判が集まり、店側が謝罪する事例が相次ぐ。なぜなのか。対策はあるのか。

〔中略〕

明治学院大の宮田加久子教授(社会心理学)は、「若者にはソーシャルメディアを『仲間だけのメディア』だと誤解する傾向がある」と指摘する。
仲間内で「目立ちたい」「ウケたい」という心理は昔からあるが、世界に開かれたメディアを手にしているのに「見るのは友だちだけ」と勘違いしてしまうというのだ。「『デジタルネーティブ』と呼ばれながら使い方をしっかり学ぶ機会がなかったのではないか」

- 朝日新聞2013年8月6日朝刊33面


違う。
まず、「目立ちたい」「ウケたい」という心理は若者だけではない。ブログやSNSを見る限り、全世代共通の心理だ。ただ、年寄りはアイスクリームの上に寝そべったりせず、違うアプローチで他人の関心を得ようとしているだけだ。
そして、彼らは仲間うちだけで関心を得ようとしているわけではない。彼らは「自分もスターになりたい、人々の注目を得たい」と考えているのだ。ネットによってその敷居がずいぶん低いものになっているにもかかわらず、「ここまでやらなきゃ埋没しちゃうぜ」と、思い切った作戦に出てしまうのだ。そしてその結果引き起こされる事態が自分の想像をはるかに越えるものであったことに、事後、驚愕をするのだ。
(基本的に多くの人は、「自分になどパブリッシュできるコンテンツなどない」と考えるのがデフォルトだと思うが、SNSはその謙虚な気持ちを、一転してイケイケな気持ちに変えた)
やっていること自体は、街や店のそこかしこで、風景や、看板や、料理をバシバシ撮ってはアップして「イイネ」を獲得して喜んでいる若い女性と同じであり、同じ心理である。
みんな注目されたいし、イイネって言われたいし、リアルなマイセルフを超越した「劇画的かもしれないけど、イケちゃってる私/僕」を演出したいのだ。
そして、どんどん僕らのライフな脳内消費化していくのだ。
また、デジタルネーティブだからといってネット社会とスマートに付き合える、わけがない。僕ら非デジタルネーティブも、過去さんざんに失敗をやらかした末に、そこで学んだ教訓をもとにいまのネット社会を生きているのだ。

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